√ねずみ 未完結の打ち切り作品

<星海新聞 星海高校新聞部
先日から発生している傷害事件について、 被害者となった我が校生徒の水原愛佳さん(17)の 話を聞く事に成功した。
「いやーびっくりしました。 夜暇だったので、あのボロ公園あるじゃないですか。
えっと、ウかんむり公園でしたっけ? そこに行ってたんです。あそこ電灯点かないんですよね。まあそこが良いので
ブランコ漕いでたんですよ、そしたら うー、とかあー、とか怖い声聞こえてきて。 何だ何だ、って思って振り向いたらもう手遅れで。
背中をバッサリやられてたんですよね、 もうスッゴイ痛かったですよ。今思い出しても鳥肌が… …
傷跡も残るみたいだし、かなしーなー。つらいなー。
保険とかきくかなー。」
――との事だ。 続報は現在星海高校新聞部が調査中である。 情報の提供は部室まで! >



ある日、愛佳は消えない傷跡を付けられた。
だから愛佳は、奴を、絶対に、殺す!!!!


三丁目の路地角に、私はチェーンソーを持ちながら佇んでいました。通称スターゲイザーラブカこと私水原愛佳は町ではちょっと知られたアブない人です。
アブないなんて言っても私はえっちな事なんて一回もした事はありませんし、薬どころか煙草も嗜みません。愛佳は健康志向なのです。
そんな模範的優等生の私が何故に愛らしい名ながらも凶暴かつ醜き深海魚ラブカなぞと呼ばれているか。

目の前には金髪に碧眼の見目で言えばやんごとなき男子がいます。彼の服は浮浪児かホームレスの様にボロボロです。お金がないのでしょうか、可哀想に。
私が哀れんだ声を掛けると、彼はお前がやったんだろうと言ってきました。そういえばそうでしたね、どうでもいいから忘れてました。てへ。
ところで私はどうしてこんな面倒臭い事をしたのでしたっけ。チェーンソーは止まっています。多分死ぬ前に彼が降参したのでしょう。
人は真っ二つに分かれれば死にます。プラナリアは死にませんが、人は死にます。そう考えると、私の目的を果たすためにも彼がプラナリアで無くて良かったと思いました。
彼は私が探していたらしい人物の居場所を吐きました。
やりました、目的ゲットだぜ。私はサトシのアローラのすがたに、あのアニメの行く末を若干不安がっています。まあ見てませんけど。

どうやら私は北海涼子、渾名はリーリー(なぜ?)という女性を探していたらしいです。
そうそう、思い出しました。私は確かにその人を探していたのです。

なぜか?

復讐の為に。

戸間輝義くん、もうかなり前になりますが、不思議な傷害事件があったのは覚えてますか?
そうそう、不思議と話題にならなくなったアレです。幸いにも死亡者は出てませんし、不思議パゥワーでもみ消されたんでしょうね。
ずるいでしょう?
ずるいとは思いませんか。

ええ、私も被害に遭いました。私の背中にはノコギリでばっさりやられた跡がくっきり残っています。
どうしましょう、これじゃあ好きな人とおちおちベッドインする事も出来ません。愛佳は純真な乙女であるからして、もしこの世で一番好きな人にそんな事指摘されたら自殺しちゃうかもしれません。
スターゲイザーの様にグロテスクな背中を抱えてこれからも私は生きて行かねばならないのです。可哀想でしょう?

最も、愛佳が一番に怒りを感じてるのはこの事ではありません。
愛佳が一番嫌なのは、こんな大変な事をした癖に菓子折りの一つも寄越さない事です。
ああ、勿論菓子折りというのは言葉を柔らかくするための私なりの気遣いですよ。私は優しいですから。
菓子折り一つ持ってきたところで愛佳は許しはしません。多分、愛佳は人生を滅茶苦茶にされたのです!だから謝っても、土下座しても、泣いて詫びても、何しても許してあげません。
そうして自分が傷付けた全ての人に押し潰されそうなほどの罪悪感を抱きながら、事切れるまで悩み続ければいいのです。加害者ならば、その位でも良い筈でしょう?

だが!何たることか!彼女はそんな事も一切せず!
ゾンビとなってまで!家族と、友人と、幸せを謳歌している!

輝義くん、私が彼女を許せない理由が判りましたか?
あ、その目はドン引きしている目ですね。失礼な……愛佳は今とても悲しんでいます。責任を取ってチョコビをください。
何でもってるんですか。めちゃ都合の良い人ですね。まあ貰いますけど。

え?用ならこれで終わりですよ。
じゃあ帰るって……止めないんですか?例え死ぬ事になろうと彼女の元へは行かせないー、とかそういうの無いんですか?
あ、そうですか。そもそも一応止めた後ですね。だからあなたの服はこんなにボロボロなんですよね。
えー、でももうちょっと生死を賭けたりしてみません?男見せてみません?

元々死んでるヤツの為に命を賭ける気はありませんか。ついでにそれ程仲良くもないですか。
そーですかはいはい輝義くんはそういう奴だって貴方の幼馴染に言っておきますねはいはいはい!ならもう用はありません!とっとと去ね!とっとととっとこ!走るよトマ太郎!

彼の背中が遠のいていきます。なんだか期待外れです。
私はあの日からこれまで、彼女に復讐する為だけに生きてきました。青春を謳歌しつつ、復讐する為にこの刃を磨いてきました。
修行と称してはちょっと強そうな奴にこのチェーンソー(チェン子と名付けましょう。今決めました。)を振り被ってご挨拶したり、返り討ちにされたり。
この柔肌に傷を付けては、彼女の首をこの手、もといチェン子で切り落とす事だけを夢見て生きてきました。
だから、それまでに続く道はもっと困難で険しいものだと思っていました。情報を落とされるのも、こうもあっさり行くとは思いませんでした。

もしかして私は強くなりすぎてしまった……?
それならそれで良いでしょう。
成果です。うんうん、それもまた復讐活動略してフクカツです。やったー
努力が実を結ぶ程嬉しい事はありません。少なくとも私の今までの人生の中では。

逆に言えば努力が実を結ぶくらいしか嬉しい事は無かったとも言います。

さて、前座も早々にご退場してしまった事ですし、私はこれからヤツのいる場所へ行きます。どうやら輝義くんによると、今日は姉と一緒に公園でお散歩らしいです。ガキか。
その公園とは、灯りが少なく、人通りも少ない公園の様です。

ちょうど、私が彼女に消えない傷跡を付けられた場所と同じです。

神の采配に感謝しましょう。始まりの場所で、終わりを告げる。まるで作り話の様にロマンチックです。
愛佳は全てを終わらせられるという安心感を胸に、私は高揚感を胸の内に秘めてその場所へ向かいます。

黄昏は何も知らないゾンビーの少女とそれを見守る姉に逆光を作っていました。私は夕陽の眩しさに目を細めながら、チェン子のスイッチを入れます。
ゴゴドド、ギチギチ、ブイーン、ブイイーーーーン。とてもうるさいですね。やっぱこの武器やめとけば良かった。
その音に反応して、姉妹が私を見ます。今、愛佳は、私はどんな表情をしているのでしょう。

驚いている彼女らの隙を突いて、重たいチェーンソーで自滅しない様に気を付けながら、素早く妹に突撃します。
夕焼けの赤が眩しいです。ところでゾンビに血って流れてるのでしょうか。血色はあまり良くないように見えます。
もしも血が出たら綺麗だろうなあ。赤は命の色です。青は人に触れられない色ですが、赤は今まさに私達を生かしている色です。
赤から青、触れられていたものがゆっくりと遠のいていく様はどんなに美しく、切なく、心を揺さぶるものでしょう。ああ、また、期待をしすぎている。

チェーンソーは間一髪のところで避けられました。彼女の長くは無い髪の一部が、はらりと宙に舞います。本当に惜しかったようです。
彼女は一瞬だけ私を驚愕の瞳で見ていましたが、すぐにしゃがんで足元に置いていたノコギリを手に持ち、ついでに私を転ばせようと足払いを仕掛けてきました。
勿論、想定内です。本当は最初で仕留めたかったのですが。

私は足払いをジャンプで躱すと、片足で着地し、重たいチェーンソーを持つ体の重心を巧みに操って、彼女の顔面に蹴りを入れます。
確かな手応え。吹っ飛びはしませんが、彼女は横倒れになり、運動エネルギーによって土埃を上げました。
チャンスです。その僅かな勝機を逃さないべく、私は彼女の上に馬乗りになりました。そして、そのままチェーンソーを振り上げて、彼女の頭を、

砕けませんでした。

どうやら姉の方が邪魔をしてきたようです。いつの間にか私は砂場に放り出されていて、鳩尾に気持ち悪く、それでいて鋭い痛みがあります。多分魔術でしょう。私も少しは嗜んでいます。
姉は必死の形相で詠唱をしています。最初で仕留めきれなかった以上、姉の方を優先すべきでした。うっかり愛佳ちゃんです!
しかし、これは相当分が悪いです。何しろ姉はこの街でも二番目だか三番目だか四番目だったけ?そのくらい強い魔術師。その中途半端な強さ故噛ませ犬にされがちな彼女ですが、残念ながら私はその程度にも数えられない程雑魚なのです。悲しい。
ついでに、物理方面には蹴られた側の頭を押さえながらも立ち上がるゾンビー妹。ゾンビーの例に漏れずヤツは怪力です。何という事でしょう、私の勝機は限りなくゼロに近付いてしまいました。

主にチェーンソーの反動でぶるぶる震える手にぐっと力を込めます。例え勝機が薄くとも私は諦めるわけにはいかないのです。何故なら諦めたくないからです。単純明快ですね。

姉の方はなんかよく分からない真っ黒の刃をそこら中に出しています。ザ・黒魔術って感じですね。厭らしい彼女の性格には合ってます。
ああ、私死ぬんだろうなあ。だってお腹も痛いし、腕は疲れてるし、二人とも殺す気で来てるし。
まあ良いです。例え死んでも恨みは晴らしてやります。だってそれが愛佳の生きる意味だったから。愛佳のすべては復讐に賭けるものだから。そのために今まで努力してきたんだから。
風を切る。ついでに私の皮膚も切られる。痛い痛い。魔術の刃で愛佳は切り刻まれていきます。愛佳は痛みをぐっと堪えながら、それでも果敢にゾンビーへ立ち向かいます。
勇気ある彼女の行動に拍手を。世の中の正しさを知らしめる彼女こそが正義。彼女は使命に燃え、使命に立ち向かい、皆に讃えられながら使命を全うします!
ああ、死よ永遠であれ!復讐よ永遠であれ!水原愛佳よ、その形を復讐者と定義され永遠となれ!

死ね、水原愛佳の、私の――






なんなんだろう?






「やめて」
ゾンビの前に姉が立ちます。庇う様に、両手を目一杯広げて。
その表情は泣きそうでもあり、乞うようでもあり、感情があふれ出して止まらない様です。
「やめて 事件の事なら謝ります。私達が……いえ、私が全面的に悪かった。土下座でも、何でも、しましょう。
だからこの子を殺すのは、やめてください。この子の命を奪うなら、代わりに私が死にましょう」
そいつもう死んでる癖に。
「あなたに何でも捧げます。お金に困ったら財産を差し出します。無くなったら稼ぎます。だから、だから、どうかこの子だけは」
あ、そっか。
成程ね、合点が行きました。
「大事なんです。大事な家族なんです。どうあっても蘇らせたかった私の妹なんです。
許してください。いえ、許さなくても良いから殺さないでください。お願いします、お願いします…………」
…………

「つまんな」

そう吐き捨てると、"私"は踵を返しました。必死に乞うた姉の方は呆気に取られてるのでしょうか、今となってはどうでも良い話です。

この場で死んだのは復讐者の水原愛佳だけ。
いえ、そもそも、最初っから最後まで。

"水原愛佳"なんて存在しなかったのでしょう。


「愛佳ちゃん、またこんな廃ビルで黄昏てるの。」
「織都さんですか。」
「そうよ。最近フクカツはどう?」
「は?何ですかそれ。聞いた事ありませんよ。」
「貴女が言い出したんじゃない。」
「そうでしたっけ。はてー、忘れちゃいました。」
「すっとぼけちゃって……もしかしてとっくに許してて今は黒歴史扱いとか?」
織都さんがからから笑います。
「うーん」
「そうですね、許しました。私は心が広いので。」
「あら、本当に。良かったの、あれだけ必死になってたじゃない。」
「私は心が広いので。」
「そう。」
「心が広いと空きが多くて大変です。」
「そうなの?」
私は頷きます。
「この空きはどうやったら埋められるのでしょう。
私はこの空虚を抱えてこれから先長い間を生きて行かなきゃいけないのでしょうか。」
織都さんは黙っています。
「結局私はごっこ遊びがしたかっただけなんです。心が満たされている人のごっこ遊び。
復讐なんて体の良いものがあったから、ついやっちゃったんです。楽しかったですよ。空虚を抱えてない人の真似が一時でも出来たのだから、それはもう。
でも所詮まねっこはまねっこでした。」
「姉が妹を庇ったんです。惨めで滑稽で笑っちゃう位必死に。いっそ嫌悪も抱くくらいに。
その時思ったんです。
私は絶対に出来ないって。

だって私のしたい事は物語だもの!笑われる事なんて出来ない、出来ない!

自分の心の侭に戦っていたつもりがいつの間にか正義だのなんだのを盾にしていた。賞賛されたいと思っていた。
当たり前よね、フリだもの。ごっこ遊びをして、自分の美しさに浸っていたかった。そうやって、心を満たしたかった。
だから私は空っぽなんです」
「そう。」
織都さんはそれだけ返事をしました。沈黙がその場を支配し、やがて彼女は去って行きました。
あの人はどう思ったのでしょうか。軽蔑、嫌悪、共感?

ああ、でも、もうどれだって良いのです。
感情の何もかもを物語にしてしまう私の空っぽの心は。
きっとすべてを求めて。
何も求めてなんかいない。

「あーあ」
「空が広い。」

広い空の下で、私は明日も生きていく。

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