√ねずみ アンビシャス・ライダー

「8時半にチャイムが鳴る。するとおれは7時に起きなくてはならない。朝飯と支度と登校があるからな。
しかしチャイムが鳴るのは8時半だ。おれは本来決まっている時刻から1時間半も早く動かなければならない。
1時間半もあれば小説の2章や3章は軽いし、漫画なら3巻は読めるだろう。ゲームだって出来るし、
なんなら創作物に手を出してみても良い。だが現実は朝飯と支度と登校でつぶれる。
これは何かおかしいと思わないか。」
「たくちゃん、私にはそれがヘリクツでかくあるべき常識に見当外れの方から抗議してる様にしか聞こえないよ。」
誰がどう見ても切り過ぎた前髪の下で、かなは微笑んでいるのか嘲笑しているのか曖昧な表情でそう返事をする。
おれの幼馴染みは病弱で細い体といういかにもな印象とは裏腹に大変生意気かつ反抗的で、おれの言う事に一々突っかかってくる困った奴である。
「たくちゃんの方が困った奴だよ。あなたが言う事は、いつも反抗期のそれでしかない。
特に意味が無い事を理屈付けて世の中に逆らった気になる。わたしは、それを幼馴染みとして窘めてるだけだよ。
たくちゃんがベッドで悶える未来を作る前にね。」
「心を読むな」
「読まなくても分かるよ、幼馴染みなんだから。」
「分かるか。いくら幼馴染みとは言えおれとおまえは別人なんだぞ。そうホイホイおれの心境が判ってたまるか。
という事でお前の推測は外れている。おれはベッドで悶える未来なんぞ作らないし、いつでも素直に生きている。」
「そういう事にしておくよ。」
かなはそう言って、冷凍食品を溶かして突っ込んだだけであろうミートボールを口に運ぶ。
美味いか不味いかで言ったら不味いであろうそれを、かなは満足そうに食べる。おれはと言えば、購買で買ってきたパンを胃に突っ込むだけだ。
牛乳とともに流し込むそれは、やはり余り美味くは無い。これなら近所のパン屋のものを買った方が幾分ましだ。
「購買のパンは不味いな。何故学校の中という最適な立地を使って提供する者がこれなのか。
他にその場所を欲しがる業者なんぞいくらでもいるだろうに、何でわざわざクソマズイパンを胃に流し込まなきゃならんのだ。
大体なあ、きゃつらは昼飯というものを――」
おれが演説する中、かなはくすくすと、また始まったとばかりに苛つく笑みを零す。
その切り過ぎた前髪とくしゃくしゃで短いツインテールは、まるで美少女ヒロインのなりそこないだ。

おれと栃木かなが知り合ったのは、家が近所だからというしごくありふれた理由だった。
昔のかなは酷く病弱で、いつもおでこに冷えピタを貼っていたような印象がある。それをあいつは恥ずかしいからと、前髪をうざったいくらい伸ばして隠していた。
当然幼稚園にも小学校にもほとんど行けない彼女におれ以外の親しい友達など出来ず、世話焼きなおれは変な使命感に燃えてよく奴の家に遊びに行った。両親には内緒で、窓伝いに彼女の部屋に飛び込むと、かなはちょっと困ったようにしながらも、嬉しそうに笑ったもんだ。全く、あの頃は素直だったのにどうして今はあんな生意気になってしまったのか。遺憾のイだ。
そういう風に過度に構ったせいで、彼女は多少丈夫になった今もおれ以外の友達がいない。依存しているのでは無かろうか、と心配になって直接聞いてみた事があるが、「自惚れすぎ」と一蹴された。だったらどうして他に友達を作らないんだと反論したら、そんな事も分からないのか、という風に嘲笑された。とことんまでムカつくやつである。

そういえば、あいつが前髪を短くしたのは、ちょっとした事件の後だったか。
その事件とは、おれが人に迷惑をかける類の反抗期を拗らせ、パンクロッカーの真似事でもしたくなったのか家にあった皿を破壊し尽し、ディッシュ・デストロイヤーと両親にヒソヒソ言われるようになった頃。かなに手を上げたのである。
正直今思ってもどうかしてたとしか思えないし、ディッシュ・デストロイヤーとして汚名を馳せていたおれも、殴られた方の頬を抑えて放心するかなを見てようやく正気に戻った。彼女の瞳にじわりじわりと浮かぶ水滴は間違いなくこのやんちゃしすぎた右拳のせいだった。
そのままかなは自分の部屋へ戻ったかと思うと、窓伝いでおれの部屋に移動し、最重要機密の書かれたノートを探し出すと、それに載ってるメイドイン宮本卓司の兎角抽象的な表現で必要なく凝った文章――つまりはイタいポエムだ――をコピーし、町中の電柱、塀、掲示板、とにかく紙を貼り付けられそうなところ全てに容赦なく貼られた。因みにおれから逃げる為に無理をして走ったせいで、翌日寝込んだ復讐者だった。全く誰も得をしない、空しい事件であった。

病み上がりのあいつは、自分で切ったのかダッサい前髪になっていて、これもおれのせいなのかとドギマギさせたものであった。
ちょっと反抗的になったのも、生意気になったのも、馬鹿にしてるみたいな笑みを浮かべているのも、すべてその日からだった。

――アンビシャス・ライダー 夕焼けから逃れるように走るぜ
――アンビシャス・ライダー 逃げても逃げても夜は迫ってくるぜ
――ああ(※「んうあぁあ!」と発音) 夜に飲まれたら いずれ走ってる事も忘れるのだろう
――それでも走り続けるぜ  アンビシャス・ライダー

――夜の月より昼間の月のほうが綺麗だと そう信じて走り続けるぜ アンビシャス・ライダー

――でこぼこの月は微笑みかける 何故そうまでして走り続けるのかと
――答えるぜ アンビシャス・ライダー
――「怖いのだ 昼間の太陽を エンジンをふかした時の感触を この風を忘れてしまうのが」
――「だから走り続けるぜ いつまでもいつまでも 走り続けるぜ」

まあ、悲しい事だが、そんなもんである。

「俺はボーカロイドという奴はいけ好かん。無機質な電子音声で歌われる曲の何処が良いのか、果たして問い質してみたいね。」
「たくちゃん、それは感性の問題であって、つまり慣れているかいないかの問題だと思うよ。」
夏の夕暮れを反射する川に二個、三個波紋が出来る。なるべく平な石を拾って、風切り音を鳴らして鋭く投げる。
すると石は水面を跳ね、橙を反射する川は揺れて煌く。更に何度か跳ぶと、石はぽちゃんという音を立てて川に沈んだ。
「この間ポップ・レクイエムという奴を聞いたんだ。おれは怒ったさ、最近の若者はこんなものを聞いて喜んでいるのかとね。
感性の欠片もない餓鬼ばかりだ。あんな曲を百万回も聞く癖にチャック・ベリーは一度も聞いた事が無いというんだ。
余りにおかしいさ、音楽の上澄みだけをとって自分はいかにも通です、みたいな顔をしてやがる。」
「それたくちゃんが言えるの?というか、もうすぐ受験なんだからこんな事してる場合じゃないんじゃない? お家に帰って勉強しなきゃ。」
かなは、河原の冷たい石の上に体育座りでおれの投石を大人しく見ている。
こういう事は、得意では無いのだ。
「うるさいな。それならお前だけさっさと帰ればいい。」
「わたしは良いんだよ」
「良くないだろ」
「良いんだよ。だって、わたし、たぶんもうすぐ死ぬから。」
振り上げた手を止める。
「なんだ、一体どんな感傷だよそれは。面白くない冗談はやめろ。
それはあれだ、お前が自分に酔っているだけだ。なまじ病弱属性なんてものを持って生まれてきてしまったから、そんなフリをしたくなる時もあるんだろう。」
「たくちゃんはそう思う?」
「ああ」
即答する。
振り返った先にいるあいつは、例えるなら徒競走で1位を取った奴が最下位でいまだに走っているやつを見てるような、つまりいつものように笑っていた。
「うん……たくちゃんは、そうだったら良いなって思ってるからそう思ってるんでしょ。」
「違う。事実だ。」
「どうかな。……わたしは、死にたいなって思ってるから、もうすぐ死ぬって思ってるよ。」
「加奈」
「謝らないよ。たくちゃんも同じでしょ。」
「同じな訳あるもんか」
「たくちゃんがそうやって反抗期を謳歌してられるのも今の内だ。
あなたはいずれ大人になって、今の自分を恥ずかしい、もしくは良い思い出だったと思う日が来る。
でもわたしにそれは訪れない。わたしは大人になる前に死んじゃうんだ。」
「死ぬもんか、大体その発言こそがお前の若さ故の過ちだ。五年も経ってみろ、おれがその発言を蒸し返して
お前のその余裕ぶっこいた顔を真っ赤にさせてやる。」
「五年、五年後かあ……その時は二十三歳だね。」
「ああ。」
「きっとその日には、こうやって河原で石を投げる事も無いし、二人で帰ったりもしてないんだろうね。」
「……当たり前だ」
「たくちゃんはもうポエムを書いたりしないし、反抗期も終わって、わたしもそれに合わせる様に大人しくなる。」
「ぽっポエムはもう書いてない!」
「そんなのは、なんだか、やだなあって思うんだよ。」
夕陽はもう六十度を傾いて、東の空には濃紺が滲み始める。
電灯もぽつぽつと明かりが付いて、夜がやって来た事を知らせる。
もう帰らなければいけないだろう。
「ねえ」
「たくちゃんなら分かるでしょ?」

――駆けるぜアンビシャス・ライダー 明け方の海を 真昼の道路を 夕暮れの最果てを
――どこまでも駆けるぜアンビシャス・ライダー その後ろ姿に目的地は必要ない
――いつまでも駆けるぜアンビシャス・ライダー その横顔に迷いはない
――ロミオとシンデレラも 溶けるような恋も 消失する歌姫も すべて轢いて進むぜアンビシャス・ライダー
――限りは無い 果ては無い
――ビートルズを鼻歌いながら進むぜ アンビシャス・ライダー

4冊目となった、おれ以外が見れば異様な空気を醸し出すノートにシャープペンの芯を擦り付けて意味を書く。
いや、果たしてこれは意味なのだろうか?深いと見せかけて何もない類の文章では無いだろうか、これは。
アホらしくなってペンを机の上に放る。父親から譲られた安いオーディオからは、前時代のロックが流れている。
かなは死ぬと言った。そして、それを望んでいると言った。
おれなら分かるか、だと。
知らんわんなもん。おれは清く正しく生きている極健全な男子高校生なのだ。
死にたい、等、分かるわけがない。白塗りの壁に囲まれて、窓の外を見続けた幼少期を持つあいつとは違うのだ。

……
…………
………………

嘘だ。
分かるさ、ああ、分かるとも。悔しい程に理解できる。
かなの言う事を肯定するのは癪だが、あいつもおれと同じ気持ちだという事だろう。
大人になればもう幼馴染みだからという理由で一緒に下校する事は出来なくなるし、ああやって河原で暇をつぶす事も無い。
アウトローを気取ればもう取り返しはつかないし、おれ自身淘汰されてそれをカッコ悪い事だと思い始める事だろう。
おれとかなが何よりも嫌なのは、それなのだ。
昔書いた出来の良いポエムも今にしたら稚拙で、見るに堪えないイタい文章だ。
おれとかなとのやり取りだって、今は満足しているが5年も経ったら気取ったガキの言葉遊びでしかない。いや、言葉遊びとも取られないかもしれない。
おれはそれが何より嫌だったし、たぶん、かなもそうだ。
「強い力を手に入れたら弱かった頃の自分を忘れてしまう」とは誰の言葉だったか。
いずれ"俺"はおれを忘れるだろう。きっと生きている限りそういう結末にしかならない。
だからあいつは死にたい等と言った。
だがそれは困る。とても困る。
何故ならおれは、かなと一緒ならまあそれでも何とか"俺"をやっていけそうだと思うんだ。
だから、一人勝ちなんて、絶対に絶対に許されないのだ。

なんて夜を迎えて、寝て、朝起きたらいつも通りの朝だ。おれは寝起きの悪いかなを起こしに行って、一緒に登校する。
昨日死にたい等と言ったかなは変わらない笑みと前髪でおれについてくるし、おれは世の中への不平不満を言ってかなはそれを馬鹿にしながら嗜める。
いつも通りだ。
いずれ終わるいつも通りにしても、少なくとも今日はいつも通りなのだ。
かなは今日も、切り過ぎた前髪の下で、微笑んでいるのか嘲笑しているのか曖昧な笑みをしている。

おれが今よりももっともっと子供だった頃の話だ。
夏休みだからとかなと一緒にカブトムシを取りに行って、虫カゴにそれぞれ一匹だけ入れてこいつの観察日記を自由研究にでもしようとした日だった。
珍しく無事に帰って来たおれ達はソーダアイスを二つに割り、かなのお気に入りのアニメを見ていた。
それはいかにも少女的趣味なアニメーションで、「月に代わってお仕置きよ!」とか、そもそも月がどうして悪人にお仕置きをせねばならないのだ、するとしてもどうやってするんだ、自分を欠けさせて隕石でも降らすのか、とか、ツッコミどころの多い決め台詞を放つ美少女が主人公のアニメだった。
おれははっきり言ってそんなもんより仮面を被ってバイクに乗るヤツが見たかったのだが、まだ普通だった前髪から覗く目が妙にきらきらしてたもんだからこれは無理やり変えたら口を聞いてくれなくなる可能性もあると大人しく二人でそれを見ていた。
何やら彼女――例のアニメの主人公兼ヒロインだ――は前世から運命的な何やらで結ばれている人がいるらしく、そいつが捕まってるので助ける健気なお姫様だった。微妙な心情でソーダアイスの味に染まった口にストローからオレンジジュースを流し込み、まあ女はこういうのが好きだよなあ、とか、そんな事を思っていた。
聡明だったのかひねくれ者だったのか、今となっては忘れてしまったが、おれは昔から運命論というものを信じないクソガキであった。いや、おれだって本当は信じたいロマンチストになりたい所謂(?)準ロマンチストなのだが、どうにも頭の片隅で「そんなの嘘だ」という声が聞こえてくるのである。
幼馴染みはそんなおれの心情も露知らず、蕩けたような瞳で物語の中のロマンを謳歌していた。あまつさえ「あこがれちゃうなあ」なんて呟くもんだから、おれは辟易してしまった。
なればこそ、おれは「運命なんてものよりもっといいものがあるぜ!」と自分を誤魔化した。それが何なのか、或いは何にするのか、その時はまだ決めていなかった。

おれはかなの幼馴染だ。そしてかなはおれの幼馴染だ。
おれとかなが離れる確率は低いと思う。これは決して慢心などではなく、今までの生活と察せられるかなの心内から計算した結果である。
ロマンチストなどではない。れっきとした有り得る未来だ。
かなとおれのそれは、形にしえない関係であり、愛だの恋だの有り触れた言葉で形容できるものじゃない。
だからいつまでも一緒でいられるんだ。そういう関係を、着々と築いてきたんだから。

そうだろ。
そうなんだ。
そうであってほしい。

それだけはいつまでも変わらないって、そう言ってくれ。

――でもさ、
やっぱお前の勝ちなんだな。

なあ、おい。

何でお前は急に倒れるんだ。
いつも通りの筈だろう。
やめてくれ。
呼吸をひゅーひゅー言わせながら、勝ち誇った笑みをするな。
喋るな。
いつも通りは、今日で終わる筈じゃないだろう。
こんな唐突な終わりがあっていい筈が無い。
「言った通りだったでしょ」なんて。
そんな訳がない。お前に一人勝ちなんて絶対にさせるもんか。
小学生の頃なんかしょっちゅう倒れてただろ。だがお前は今日まで生きている。
それと同じだ。
結局お前はおれと一緒に生きるんだ。目覚めた時のお前のがっかりした顔が楽しみだ。
そしてまた、昨日と今日の地続きの明日が始まるんだ。

だから
いかないでくれ
おれは、おまえがいないと――

通夜と葬式は、つつがなく行われた。
彼女の両親はほとんど動揺をしていない様だった。目を伏せる様子からは確かに喪に服している事が覗えたが、あんな体質の娘だ、覚悟はとうにしていたのだろう。
なんでこのクソ暑い中で黒いブレザーを着なけりゃならんのだろうな。お陰で水を飲んではトイレに行くの繰り返しだぜ。下着まで汗で張り付いていて非常に不快だ。
全部お前のせいだ。
真夏に拷問染みた衣装を着なければならないのも、広間とトイレを往復しなきゃいかんのも、張り付いた布が不快でこんなに苛ついてるのも、全部全部お前のせいだ。
いつか聞いた電子の歌姫が歌うポップ・レクイエムが脳内に勝手に流れて、反響する。
やめろ、無機質な音声でおれの心を歌うな。おれの心とかなとの関係は0と1で表現できるものじゃないんだ。

――ありふれた人生を
ありふれた人生などではない。
――赤く色づけるような
赤く色づいてなどいない。
――たおやかな恋でした
たおやかなどではない。
――たおやかな恋でした
恋などではない。
――さよなら
さよなら、なんかじゃ……

嘘だよ、分かってるさ。
おれの人生は凄くありふれたものだったし、それが少しでも華やかなものだったなら、それはあいつのお陰だ。
人はあれを青春と呼ぶのだろうし、はっきり言って、あいつに恋というものをしていたと言っても良い。

そんなもんだ。
そんなもんでしかないんだ。

「加奈が、これをきみにって。」
「今まであの子と仲良くしてくれてありがとう。」
奴の母親から手渡されたそれは、なんとも女子らしい箱だった。大きさは片手で抱えられる程で、平らだ。
彼女は流石に大人で、こんな時でも微笑みを見せる余裕があった。
最も、娘とは似ても似つかない苦しい微笑だったが。

家に帰ったおれは、あいつが遺した箱のリボンを解いて、中身を見た。
一番上にあったのは、古いアニメのDVDだ。
前髪が短くて、金色の髪を二つ結びにした碧眼の少女がどーんと仁王立ちしてポーズを決めているいかにも女児向けの表紙だ。
かなが好きだった、あのアニメだ。
その下には手紙があった。
これまた箱と同じ様に女子力(って言うんだろうか)の高い便箋で、まったくおれの趣味ではない。
だが、まあ、遺品を雑に開けるというのもどうなのだろうと思ったので破らない様に丁寧に開けることにした。
中身は、何てことの無い、普通の手紙だった。

「あなたがこれを読んでいるという事は、私はもう死んでいる事でしょう。

なんてね。言ってみたかっただけです。でも、もうそっちに私はいないでしょう?
もしいたら恥ずかしさで死んじゃうかもです。これは大袈裟な表現だけど。
では、挨拶はあまり思いつかないので、早速本題に入ります。

たくちゃん、私の勝ちだね。
ほとんど出来レースだったんだけど。そもそも、わたしってば子供の頃から事ある毎にもう長くないって言われてたんです。
一体いつ死んだのか、今の私には謎だけど……まあそんなのはどうでも良い事でしょう。
小学生の時は、死ぬのが怖かったです。当たり前だよね。
一年の内半年ぐらいは病院か家だったし、たまに学校に来れてもすぐに倒れて保健室送りだし。
そんな時、支えてくれたたくちゃんには本当に感謝しています。
学校の中で孤立していた私に親しく接してくれた人はたくちゃんだけです。
家でも看病してくれることが多かったし、お母さんも助かっていたと思います。
と、同時にちょっとだけ申し訳ないなあとも思っていました。
中学生になったらちょっと丈夫になったけど、相変わらず私は人より大分体が弱くて。
ついでにたくちゃんが反抗期を迎えた時はどうしようかと思いました。私を殴った事、正直今でも許してません。痛かったよ!
でも、たくちゃんのポエムを読んだ時、なんとなくあなたの気持ちが分かった気がしました。
はっきり言って意味が分からないし、イタいっていうよりダサいけど、これがたくちゃんの本心なのかーって思うと、ちょっぴり切なくなったものです。
なんとなく考え始めたのはそれからです。
きっと、私達はいつでも幼馴染みじゃいられないだろうし、たくちゃんも今はカッコつけてるけどいずれそうじゃなくなる日が来る。
私達はいずれなんとなくお別れするんだろうなー、って思うと、とっても悲しかった。
でも、私には最終兵器があったんだ。
もう知ってるよね。私が死ねば、私にとってこの時代は永遠になる。
進みようが無いんだもの。思い出にしようがないんだもん。
死人に目無し口無し耳無し心も無し。
私はこのどうしようも無い世界に、死をもって打ち勝ちました!ドンドンパフパフ!
って、これ書いてる時は単に想像なんだけど。
一緒に下校した日も、河原で石を投げたのを見た時も、お気に入りのアニメを見た時間も、
全部永遠になりました。
だって、この全部は明日も続くはずのものだったから。
これの全部に私の手で息の根を止めたんじゃなく。
いずれ私が飽きる世界を、飽きる前に終わった。
惜しまれる12話のアニメみたいに。丁度いい巻数のマンガみたいに。
飽きていないなら、きっとその先は無限だよ。
無限で、永遠を手にしたんだ。たくちゃん、羨ましいでしょ?

でも、この世界にたくちゃんを置いて行って何も無し、っていうのは忍びないので。
一つだけ、魔法をかけるのに挑戦しようと思います。上手く行かなくても怒らないでね。
私とたくちゃんの出会いは、家が近かったからっていう、何気のない偶然だったけど……
でも、偶然って言うには、不自然じゃないですか。
或いは、偶然って言うには、勿体なくないかな。

だから、私はこれを運命と名付けます。
私が見たアニメでは、運命で結ばれた二人は死んでも来世で再会するのです。
そして、今度こそは何も欠けない幸せな人生を送る。ううん、その先も、その先もずっと一緒でしょう。だって運命だから。

ね。
だから、
続きはまた今度。」

ははは。
馬鹿なやつだな。栃木ばかなだ。
なんだか鼻がつんとする。鼻水が出てきた。風邪かな。
運命だなんて、あいつもとんだロマンチストだな。アホらしい。
大体、生まれ変わってきちゃ意味が無いだろ。それともアレか、今度も大人になる前に死ぬのか。
ははは。
なんだこれ。
お前の方がよっぽどイタくてダサいよ。
手紙にぽたぽたと染みが出来る。しまったな、雨漏りか。

つまり、これは、呪いなんだな。
死者が最後に遺した呪いはさぞ強い事だろう。おれはもう一生逃れることが出来んやもしれん。
それなら仕様もない。人生諦めが肝心だ。
全く、なんで来世までお前に付き合わなきゃならんのだ。そもそもおれはまだ十八だぞ。まだまだ人生長いのに。
なんてこった。おれの人生は実質ここで終了か。
ははは。
全く。
しょーがないやつだ。お前は昔からそうだったなあ。

窓には真っ赤に腫れあがった目のおれが反射していて、その向こうにはハシバミ色の空が見えた。
このまま夜が訪れなければいい。

いや、多分もう、おれに夜は訪れないだろう。

――夕日が沈むぜ アンビシャス・ライダー
――だがそんな事お構いなしにヤツは走る 太陽が傾くより速く速く
――夕日は逆行して空は青くなるぜ アンビシャス・ライダー
――真昼から夜明けに でこぼこの月が見えてくるぜ
――そうだ おれたちはもう独りぼっちなどではない ふたりぼっちだ
――往くぜ往くぜアンビシャス・ライダー 月に速度を合わせて夜明けを駆け続けるぜ
――いつまでも駆け続けるぜ アンビシャス・ライダー
――どこまでも駆け続けるぜ アンビシャス・ライダー

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